子供に酒を飲ます母。私の学生時代

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こんにちは。
今回は私の子供の頃の徐々に悪化していった学生時代についてを載せます。

まず、自分でセットしたアラームで
朝起きると静まり返っている我が家。
毒親である母は大抵まだ寝ています。

学校に行ける日は自分で支度をし、最初の方は
同じアパートに住む、祖母が作る朝食を食べていましたが、
それもない日は置いてある菓子パンを食べるか、
何も食べずに登校してました。
夕方にはほぼ毎日過酷な水泳の
レッスンが2時間以上あったのもあり、
朝食を抜いて学校の集会に参加して、
集会の最中に貧血で倒れた事もありました。

小学高学年になると、母はお酒を飲みながら、支度中の私に
「今日学校行っちゃうの?お母さん寂しいんだけど!」
と、学校に行くことに反対するように。
そして
「Mも一杯付き合いなよ。」
お酒を勧めるようになりました。

その生活は日に日に定着していき、
「今日は学校に行くよ!」と言うと
「お前は本当に冷たい人だね!」と
睨まれるようになり、子供だった私は母が怖くて
自分の意思を言うのをやめ、徐々に不登校になりました。

たまに学校に行っても、欠席だらけの私に
居心地の良い友達の輪は無くなっていきました。

気付けば、毎日学校を休んで母と
カラオケなどにいき、一緒にお酒を飲んで
悪酔いした母に暴力を振られ
それを見た祖母に
「お前がお母さんがお酒を飲むのを止めさせなかったからだ!」
とカンカンに説教をされ、
また次の日には、母に
「お酒相手になってよ」と頼まれ、
断ると母に怒られ、怖くて飲んだ結果、
私が祖母に怒鳴られるという負のループでした。

そして、たまに、母がお酒を飲まない日があると、
祖母が母を誘い、飲みに出かけるという、
私がすると怒鳴られるのに、理不尽すぎる行動。

結局のところ私が何をしても、
私を気に入らない、私を思ってくれる家族はいませんでした。

不登校な私を放っておけない学校の先生達は
何度か、電話をかけてきたり、家に足を運ぶことも
ありましたが、母親は
「義務教育って、通わなくても、誰でも
卒業できますよね?」
と強気で対処してました。

今、自分が母になって、子供が毎日楽しく
インターナショナルスクールに通ってる姿を見ると
すごく幸せな気持ちになります。

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