姉の金を盗む妹に対して「私の分は?」と毒母と毒祖母①

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【毒家族・毒親育ち体験談、学校参観日】
私が16歳にもなると、完全に
私に食事の用意や衣類なども購入してくれなくなった
毒母と毒祖母。
最初、私はコンビニのバイトから始めた。
しかし、周りにいる高校の友達は
みんなファッションやメイクに、遊びなど
それなりにお金をかけていて、
母親からの手作り弁当を
持ってきている子もいた。

対して、私は、朝、昼、夜と
コンビニバイトでもらった廃棄の菓子パンなどを
3食に分けて食べていた。
飲み物、携帯代、学校後に友達と
撮るプリクラ代など、、
ほとんど毎日の放課後にバイトを入れても、
お金が足りなかった。
もっと友達とランチもしたいし、おしゃれだって
楽しみたかった。

そして、いけないことだけど、
私は高校を辞めて、夜の仕事を
し始めた。

大変なこともたくさんあったけど、
今までより、給料はだいぶ上がり、
メイク道具、友達と遊べるお金が
増えてきた。

そして私が何よりも欲しかったもの、
【貯金】をとにかく増やした。
一刻も早く家を出ていくのに、
年齢問題や保証人問題など、
たくさんあったが、貯金がないことには
永遠にこの家から出れないことは、
中学生の頃くらいから考えていた。

今まで私に食べ物もくれなくなった祖母に
稼ぎ出したのを悟られ、
「お前は家にも金を入れるべきだろう!!」
と言われたが、ここで言いなりになったら
私の貯金額は減り、母と祖母の私に対する請求額も
どんどん上がっていくに決まっていると、
分かりきっていたことなので、そこは
反抗していた。

妹二人は、長女の私に口をきてはいけない
ルールで、もし私に口を聞くと、
「お前の面倒なんか見ない!
Mに世話してもらえ!!」と
母から激怒される妹たちは、私に口を
聞くことはなかった。

だが、ある日、母親がお酒の飲みすぎで
入院していた時のこと、、
小学生だった三女が私のところにきて、
内容は覚えていないが、たわいもない
話をしてきた。
たわいもない話をできる家族がいなく、
家でいつも孤独だった当時の私は
尋常じゃない嬉しさを感じた。

そして私はベッドの下に隠してあった
「Mの貯金」と記載した封筒から
貯金していたお金をとり、近くのスーパーに
連れて行って、「好きなものを買っていいよ♪」
と、お菓子をたくさん奢ってしまった。
母親が退院するまで何度も同じように
奢った。
後から、妹、母親、祖母から
酷い仕打ちを受けるとも知らずに、、

そして、母親が退院すると、
妹はまた一切、私に口を聞くことは無くなった。
しかし、それよりもショックだったのは
ここからで、
ある日、私が給料から、貯金額を足そうと
封筒を出したとき、明らかにお金が減っていた。
何度も何度も、確認したが、どうしても
五万円足りない、、

続きはまたコチラ

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